昨日、仲間と話していて「どんな人生を生きたいか」考えた。
その結果、率直に言って厨二病っぽくて言語化を避けていた自分の生き方を、はっきり言葉にすることにした。
僕は、 「自由」と「平等」のために燃え尽きたい。
こんなにちっぽけで軽い自分一人の命、全部懸けたって世界が変わるかどうか分からない。
しかし、それに挑戦することが大事だ。
そのためには、もっと自分を追い込まないと。言語化することから逃げてはダメだ。
そう思った。
今のインターネット、Webのなんと不自由なことか。
建前上、"自由"で"オープン"で、誰でもいつでも好きな情報にアクセスすることができる。
そのはずのWebが、ごく一部の"リテラシー"の高い人々のオモチャに成り下がっているのはなぜか。
これだけGoogleが進化し、Facebookやtwitterでコミュニケーションが活発化したのに、
なぜ日本のネット人口の7割はそのいずれもを使いこなせないのか?
なぜ日がなYahoo!ニュースだけを見て、天気予報をググるのがやっとなのか?
これはもはや使い手の問題ではない。「道具」としてのWebに、問題があるのだ。
例えば刺身が包丁で上手く切れないとき、それは刃こぼれしている包丁が問題なのだから包丁を研ごうということになる。
包丁であれ何であれ、道具の問題は道具を改良、改善することで解決するものだ。
しかし、今の「ハイリテラシーな人のためのWeb」を見渡してみれば、
「ググる力」や「ソーシャル上での発信力」なんぞが強く求められ、 それが十分にできない者は「ググレカス」と罵られる。
とんでもない話だ。
こんなWebのどこが"自由"で"オープン"なのか。
我々、「道具」つまりサービスを作る側は、
ろくでもない、多くの人にとってまともに使えない道具を作っておいて、「それは使いこなせないヤツが悪いんだ」と威張り腐っていることになる。
実に恥ずかしい。
僕が仲間と作っている情報エンジン「vingow(ビンゴー)」も、
まだまだ刃こぼれしやすい、切れ味の悪い包丁だと思う。
しかし、近々行うメジャーアップデートに関する作業をしながら、常に考えていた。
「vingowは、幼子から爺さん婆さんまでがまともに使いこなせる、安全で最高の切れ味の包丁にするんだ」と。
とにかく、"リテラシー"とやらによって、情報収集の結果に差が出るようなWebであってはいけない。
それではWebの「自由」で「オープン」な、本来あるべき姿に近づけられない。
vingowはそんな問題意識を持って、 「ググる」とか「ソーシャルでコミュニケーションする」とか、そんな能動的動作は必要なく、全く受動的に、最高の情報収集と蓄積ができるエンジンとして開発している。
- そもそも、なぜvingowは始まったのか。
僕が「JX通信社」を設立したのは2008年1月。今から4年少し前になる。
社名の由来は「日本(Japan)からクロスメディア(Cross(X)Media)で世界に発信していく、新しいタイプの通信社」。
その名のとおり、最初期から2010年まで、常に立ち上げの機会を伺っていた事業があった。
それが、「仮想通信社」事業だ。
当時も今も、Webでは「ニュースはタダ」が当たり前。
Web上でニュースメディアが稼ぐ方法は「課金」か「広告」しかなく、
課金は当時も今も鳴かず飛ばず、広告も単価が下がり、商売にならない。
新聞社のWeb関連の売上はどこも1%未満。
これからは紙が廃りWebへシフトだというのにこの状況。
ただでさえ、マスメディアの報道は画一的な金太郎飴だと言われているのに、
更に商売として全く成り立たなくなったらいったい日本や世界の「民主主義」や「言論の自由」、「知る権利」はどう担保されるのか。
最初にこの問題意識を持ったのが、高校2年生の時だった。
毎日毎日頭が捩れるほど考えて、たどり着いた仮説が、
全く新しい「第3の収益源」を作るべしということだった。
その第3の収益源とは、メディア同士のコンテンツ売買だ。
今例えば、ある殺人事件を取材するとして、各メディアはそれぞれが同じ事件を同じように追って同じような記事を1本書く。
それに仮に10万円のコストがかかっているとしよう。
この記事を、どこか1社が取材して他の4社に配信したらどうなるか。
10万円のコストを5社で頭割りするから、2万円で同じ発信がちゃんとできる。
残りの8万円は、より自社の得意な取材に振り向けてジャーナリズムを深く追求しても良いし、
値引き原資にして読者に還元しても良い。
あるいは、赤字を埋めても良いだろう。
いずれにしても、既存ニュースメディアの90%以上を占める汎用的なニュースコンテンツをメディア同士で売買できる仕組みが作れれば、どんなに良いことだろう。そう考えた。
今は昔と違い、4マス(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)だけがメディアではない。
Yahoo!ニュースのように取材はせず発信に徹するメディアもあるし、
フリーペーパーやデジタルサイネージといった全く新しいタイプのメディアも多数出てきている。
つまり、「発信」側のメディアが多く増えたのだから、「取材」側もそれに合わせて変わらねばならない。
僕はよく、ニュースコンテンツを魚に例える。
我々が日々、新鮮で美味しい魚を沢山食べることが出来るのは、
漁師(=取材者)がいて、寿司屋(=発信メディア)がいて、その中間に仲卸を担う「築地市場」があるからだ。
では、ニュースコンテンツの世界にもその「築地市場」を作れば良いじゃないか。
まさに、従来の垂直統合型産業から、水平分業型へと産業構造を転換できる、画期的な仕組みだ。
こう考えた。
しかし今の通信社はそれを担えるのか?
彼らは自前で大勢の記者と支局を抱え、
インターネットとは別の専用のネットワークを持ち、
更にPCとは別の専用端末まで用意し、
最終的にはほぼ4マスのメディアのみを顧客に選んでいる。
何のことはない、彼らのやっていることはインターネットという新しいインフラ上でもっとオープンにできることなのに、全くやっていないのだ。
しかも、本来客になれば恩恵を受けるであろう多くの新しい発信サイドのメディアを商売の対象にすらしていない。
僕らの考える「仮想通信社」は、 これらの問題を全て解決するものだ。
尊敬するマイケル・ブルームバーグが設立したBloombergは、
1982年の設立からわずか10数年で世界最大の金融情報会社になった。
その最大の理由は、彼らが債券価格配信システムを、飛脚的な人力に頼るやり方からワイヤーに置き換えたことだ。
このイノベーションは、飛脚を伝書鳩に、伝書鳩を電信に置き換えたそれにも匹敵する。
そして、今の日本や世界のニュースメディアのあり方にも、そのイノベーションが必然的に起こるべき環境が残されている。
だったら、それは僕らがやろう。
こう決心して作ったのが「JX通信社」だった。
しかし、仮説はともかく我々は世間から見ればケツの青い素人集団に過ぎない。
何せ当時僕の身分は19歳の大学1年生。他にニュースメディアへの勤務経験がある者すらいない。
仕方ないから、それに近い「伝えることに関わる」事業で食いつなごうとあれこれもがく。
2009年に「Start2009」というサイバーエージェント主催のビジネスコンテスト(今のStartupsのはしりのイベント)で奇跡的に「支援企業」として拾っていただくまで、完全に暗中模索の日々が続いた。
当時から今現在までとことんお世話になっているサイバーエージェント・ベンチャーズの海老原さんには、
「事業プラン(仮想通信社)はともかく、人としてとても期待しているので、まずは何かWebに関わる違うことをやってはどうか」と言われた。
これは全く正しくて、当時から今に至るまでこの仮想通信社という事業は立ち上げるのが容易ではない。
設立コストも億は下らないし、収益化にも相当時間がかかる。
それ以前にまずは参画するメディアを多数集めなければならないが、
率直に言って、もっとニュースメディアを取り巻く収益環境が悪化しないことにはニーズが顕在化しにくい。
こんな状態で我々にVCからお金が付いたって、所詮素人集団が馬鹿なことを始めたと思われ上手くいかないに決まっている。
ここまで即座に自分の頭で理解し、納得した。
そこでまた頭が捩れるほど考え、もがく日々を送っていた頃、ヒントがやってくる。
学生で教育研究団体をやっていた岩本さんという人が「教育、学術の議論のプラットフォームになるようなSNSは作れないか」と相談してきたのだ。
目的や問題意識が全くもって素晴らしくていたく共感したのだが、ただひとつ気になったことがあった。
正直なところ、当時から僕は「ソーシャルなんちゃら」と名前のつくWebサービスに嫌気が差していて、
ソーシャルだとかSNSだとかいうのはちょっと微妙な発想だなと思ったのだ。
ソーシャルという概念はいかにも時流に乗っているが、しかし自分一人で情報を集め議論に参加するのに
何か"ソーシャル"要素がどうしても必要な局面があるのか、という点が疑問だった。
"ソーシャル"は結局、サービスにとって手段ではあっても目的ではないのだ。
そこで岩本さんと議論した結果、別にそれはソーシャルである必要は全くないし、
むしろソーシャルという概念自体が邪魔だという話に落ち着いた。
しかし、そこから更に社内の仲間うちで議論するうちに、
SNSからも教育からも学術からも離れ、もっとマクロに引いた視点の「受動的なメディア・プラットフォーム」を作るべきという方向に話が変わってきた。
教育も学術的な議論も、そもそもスタートラインとして皆が同じレベルで情報収集ができて、
しかもそれを体系的に整理し考えることに脳みそをまともに使えてこそカタチになるものではないか。
しかし、今のWebは全くそんな風にはなっていないどころか、
ユーザーの"リテラシー"とやらに著しく依存し、
それがないヤツはバカで生きる資格がないかのような「蛸壺的世界」になっているではないか。
まずはその、根本的な「道具の悪さ」をどうにかすることから始めなければ、
僕らは「ハイリテラシーの人のためのWeb」という巨大なバカの壁を突き崩せない ―
そんな考えをストレートに岩本さんにぶつけ、議論し時には迷惑をかけながらもコンセプトから形にしていったのが今の「全く新しい情報エンジン(ブレインメディア)」としてのvingowである。
つまり、先ほど述べた「仮想通信社事業」と並べて考えれば、
川下で、消費者の情報収集・蓄積をもっとスマートにしようというアプローチがvingowであり、
川上のメディアサイドで情報の発信のクオリティを上げることをシステム的に担保しようというのが「仮想通信社事業」なのだ。
この、メディアと消費者の間を流れる大河を「治水」することができれば、
JX通信社という企業体は世界の「民主主義」や「言論の自由」、「知る権利」を
インターネットの時代において守る立場の集団として大きな役割を果たせる。
だから、まずは消費者サイドから、今もてる言語解析などの技術を活かしてvingowに取り組み、
その後川下から川上に攻め上るように「仮想通信社事業」にも取り組もう。
これが僕らが2011年、最初の着想を得た高校2年生から数えれば足掛け5年で漸くたどり着いた「マシな仮説」だった。
- もともとは航空会社をやりたかった。今もやりたい。
最初に起業を思い立ったのは、多分2002年。中学1年生の終わりから2年生のはじめにかけてだ。
昔から僕は飛行機が好きで、亡き母が買ってくれた飛行機の模型を眺めながら楽しい、子どもらしい妄想をしていた。
そんな飛行機少年が中学校に入学したとき「転機」が巡ってくる。
ある同級生の一人が、途方もなく飛行機に詳しかったのだ。
彼と同じクラスになり、席も近くになり色々と喋るうちに、僕は航空の世界にどんどん引きこまれていった。
その頃から「月刊エアライン」を読み始め、航空オタクと言われるレベルまで一気に詳しくなっていった。
そこで疑問が生じる。
日本の航空運賃って、なんでこんなに高いの?
日本って、どうしてこんなに空港が多いの?
日本だけどうして、こんなに変な規制が多いの?
日本の航空に関わる公租公課って、信じられないくらい高いよね。
本当に、全てがメチャクチャに思えた。
海外ではサウスウエストやライアンエア、エアアジアなど当たり前にあるLCCが日本にはない。
しかも、そのことについて当時の某大手航空の社長が新聞インタビューで「日本にLCCは成立しない」とかドヤ顔で語っている。
アメリカも、ヨーロッパも、果ては東南アジアまでもが自由化、規制緩和で大きく変わっているのに、
日本だけどうして取り残されているのか?
思春期で気が立っていたのかもしれないが、それまで感じたことのない怒りがこみ上げてきた。
世界では自由化で、航空会社を選ぶ自由・機会を手にした消費者が、運賃やサービスなど思い思いの基準で航空会社を選び、最大限の消費者利益が実現している。
それに比べて日本はどうか。いつまでも訳の分からない規制を維持し、高い公租公課でムダな空港を大量に造り、その負担は結局航空会社を通じて消費者に付け回されているではないか。
許せない。どうにかしたい。どうにか、何か変えないと日本の航空は文字通り「終わる」。
しかし、自分が例えば大学を出て大手航空に入社して、数十年かけて内部昇進して偉くなったところで、
それは変えられるだろうか?
それ以前に、その頃まで今の大手航空が企業として存続しているかどうかすら分からない。
だったら、航空会社を自分で作ればいいんじゃないかな?
なんだかんだ言って、それが一番早いだろう。
こう思ったのが、起業を決意したきっかけだった。
冒頭に書いた「自由」だとか「平等」を追求するんだという厨二病的思い込みは、
つまるところこの中2の頃から続いている。
いわば、これが本当の厨二病だ。
「平等」というのは結果平等ではない。機会平等だ。
航空で言えば、望む事業主体が望むタイミングで望む形でもって新規参入できる機会を平等に与えられること。
航空自由化の「基本のキ」だ。
事業者や消費者に機会平等が与えられ、結果として我々人類全てに新しい何かに接する機会と、それを選び取る自由が与えられる。
これを、航空をはじめあらゆる分野で、人生をかけて追求するのが自分の生きがいだ。そう思った。
航空は今すぐにはできない。なにせ100億円はかかる。しかしその前に、同様の問題意識ややり甲斐を感じられる分野で、理想を追求したい。 そのうえで、遠くないうちに必ず、航空業界にも手をつけたい。
経済を動かすのは、「ヒト」「モノ」「カネ」だ。
しかし、そのヒト、モノ、カネ全てを動かすのは「情報」だ。
JX通信社という今の企業体を通して、まずは「情報」をよりスマートに、皆がリテラシーに関わらずアクセスできる理想的な状態に持っていく。
その後に、世界規模で「ヒト」を動かす、航空へ。「モノ」「カネ」を動かすのはやはり「ヒト」だから、そのヒトに全てをフォーカスした新しい航空会社を自らの手でやりたい。
それを大体、向こう20年くらいの期間でやるのが目標だ。
最終的に起業することへの迷いを捨てたのは、高校2年生の時に母を亡くした時だ。
母は41歳で死んだ。死はありふれたもので、人間いつ死ぬか分からない。
だとすれば、早さ、若さを理由に躊躇っている時間など全く無く、
いつ死んでもよいのだという思いでやるしかない。
よい意味で「踏ん切り」がついた。母は最期に、そのことを命を捨てて教えてくれた。
23歳、起業5年目。僕はこれからどう生きるか。
それが自己満足でも良いから、「自由」と「平等」のために燃え尽きるんだ。
昨晩、仲間の1人と夢を語り合っていて、思い返したことだった。
自分にとって、今言語化すべき大事なことだと思ったから、恥を忍んでブログに書いた。
大見得切って、この先どうなることやら。みっともない結果になって、人に笑われないか。
そう思ったが自分のために書くべきと思ったから書くしかない。
結果、こうして夜中に延々キーボードを叩いた。
続きは、また気が向いたら。