吾唯知足 - 88世代起業家の備忘録

JX通信社代表取締役・米重克洋のブログ

2012-04-01

「著作権」は本当に著作者を守っているのか?

日経電子版の有料会員数がどうもこの3月中に20万人台に乗せたのではという噂がある。

確認が取れているわけではないが、今までの伸びのペースから見るとさもありなんという感じではあるので書いておく。
ところでこれが日経の売上にどれくらい貢献するのか。
単純計算すると、単価が5000円弱としてトータル年100億円弱になる。

日経は非上場企業なので決算が常に最新の状態で公開されているわけではないが、巷の情報だと連結3000億、単体1700億程度の売上だと言う。
とすると、この電子版が100億弱あるとすれば、連結3000億円の売上に占める割合は3%ほど、単体では6%弱になる。
こう書いてもピンと来る人は少ないかもしれないが、これは快挙だ。
なぜなら、今まで全大手新聞社の売上に占めるWebの割合は1%未満*だったのだから。
(*この数値の出所は確か1,2年くらい前の週刊ダイヤモンドの推計)

それが整数の段に乗ってきて、しかも単体では四捨五入すれば10%台が見える位置にまで来ている。
紙とカニバる(共食いする)恐れから電子版にも関わらず本紙とほぼ同価格帯の値付けをした結果、スタート当初は大失敗も予想されたものだが、なんだか相当短い間に隔世の感すらある変化だ。

Webにおけるニュースメディアの収益化については一家言お持ちのMyNewsJapanの渡邊さんが以前の著書で「日本で課金モデルでちゃんと収益化出来ているニュースメディアはうちだけ」といったことを書かれていた気がするが、新聞社も本気を出せば紙の代替としての収益化のステージまで辿りつけなくは無さそうな空気になってきた。

ただ、ぼちぼちスタートする朝日の電子版が同じように上手くいくかどうかは個人的には怪しいと思っている。
日経が経済専門紙で「お金を払ってでも買いたい」と一定数の人が思う類の情報を発信しているのに比べて、朝日の言う「クオリティペーパー化」というのがちょっとよく分からないから。
要は日経電子版のケースはまだ現時点では特殊な一例に過ぎないのではないか、ということだ。 

それに、先ほど「本気を出せば」と書いたのはつまり、既存事業とカニバることを覚悟のうえでやるべきことを全部やるという意味で、そのなかには紙を犠牲にするような内容も当然含まれる。
雑な仮定だが、僕が日経の喜多社長の立場であればそれは躊躇うというのが正直なところ。今も主に紙で稼げているんだから、ジリ貧でももうちょっと紙で頑張ろうぜ、と。こうなってしまう。

だとすると以前書いた第三の収益源を当然考えなければならないが、コンテンツ自体を収益化する方法は課金や売買以外に全く無いわけではない。
ここで例示そして提起したいのは、記事コンテンツをどうにか自社媒体で見せようという外形的なことに拘らずに、流行りのキュレーションメディアをはじめWeb上のあらゆる媒体でまずは人の目に触れさせて、結果発生したそれぞれのメディアでのレベニューをシェアする形だ。

これは僕の思いつきではなく、アメリカの一部サービスで既に取り組みとして始まっているもので、それにはあのCNNも参画しているようだ。

特にテキストコンテンツについては、Webに一旦公開してしまえば右クリック禁止をしようが何をしようがSNSやブログや2chニュー速みたいなところにどんどん転載されてしまう。つまり「シェア」が基本的な概念になっている。
そういう「Webの概念」は著作権の"厳重な"保護とはおよそ相容れないものだが、しかしコンテンツが多くの人の目に触れ、利益を生む機会を創ることにはなる

かなり以前に(僕が中学生くらいの頃と記憶している)記事見出しをWebのニュースティッカーに配信した企業を読売が訴えて、最高裁まで争った挙句負かしたことがあったが、そういう著作権裁判をやって得る利益よりはこの上記の方法の方が利益は大きいはずだ。

僕らは会社としても、「ニュースはタダ」なWebの時代にあってもニュースメディアを収益化しようということは、ビジネスとジャーナリズムを今後50-100年は両立させ続けるために非常に重要な取り組みだと思っている。
であればこそ、そのロールモデルvingow仮想通信社事業を通じて積極的に、且つ主導的に創っていきたいところだ。
それも、上記例はよりハードルの高い「第三の収益源」としてのコンテンツ売買の模索以前にできる工夫だからなおのこと、旗を振りたい。

少なくともWebニュースメディアに限って言えば「著作権」という考え方を教条主義的に守ることが結果的に"著作者"の手足を縛っている側面が目立つ。
著作権はある時期までは著作者を守るための権利概念として重要な役割を果たしたが、今Webの時代にあってはその"教条"を頑なに守り通すことで彼らのコンテンツが多くの人の目に触れる機会を逸するし、結果より大きな収益化の機会も失うし、新たな取り組みもできないし、ハッキリ言ってもう何も良いことがない
※誤解なきよう付記すると、パクられた方が良いとかいう話をしているのではなく、出所あり元記事リンクもありの状態で引用なり転載されることはパクられていることとは全く異なるので、著作者側も混同して対応すべきではないということだ。

 

言い方を変えれば、僕が問題提起したいのは「著作権は本当に著作者を守っているのか」ということだ。
少なくとも、Webニュースメディアに関して言えばこれはNOだと断言できる。
結局、Webで良いとされることと、教条主義的に解釈した「著作権」との間に相当相違があって、「権利」を守ろうとすればするほど著作物自体の価値が損じ、収益を生めない状況になっているのだ。

Webの概念に従えば、ニュースコンテンツは公開した時点で一気にシェアされて大勢に読まれて、その後話題が盛り下がっても検索でアーカイブスとしてまた掘り起こされて、と多重活用されて価値が最大化されるはずだ。
(そういうことを肌で理解しているネットユーザーは、開設したブログにソーシャルボタンやはてぶボタンを付け、またSEO対策に勤しむ)
ところが、逆に著作権を教条主義的に解釈してガチガチに"守る"とシェアもダメ、アーカイブスもリスクがあるからアウト、とおよそWebでは箸にも棒にもかからない類のものに成り下がる。

著作者を守るはずの「著作権」が、逆に著作者を損させている。これは完全な矛盾だ。

思うに、そういう教条主義的な著作権の解釈と、Web上のコンテンツ価値最大化との間にある矛盾を解決しようということで頭の良い人たちが考えたのが例えばCreative Commonsだったりする、と。
Creative Commonsの提唱者は10年以上前にこのジレンマを見通しソリューションを示したのだろうが、現状を見ればレガシーな"著作者"側は未だ思考がこのレベルまで追いついていないことになる。

ただ、だからと言って「こちら側(Web側)」にいる人間も、彼らは古いし頭も悪いんだとか失礼なことを言っていると恐らく法的にゴリゴリに詰められて立つ瀬が無くなるだろう。
やはり「悪法もまた法なり」だから、望みもしないのにL社のH氏のように毒杯を呷らなければならないかもしれない。
それを避けるには、つまり「新時代の基盤としてのWebであなた方の利益はこう最大化されます!」というストーリーを僕らから大胆に示し、丁寧に説明していなかければならないのだ。
その「大胆に示す」方法についてはやはり腹案があり、多少のリスクもあるが彼らのためにも、そして良質なジャーナリズムの存続のためにもぜひ体を張って示していきたいと思っている。

 

新聞社をはじめとする「Web以前」のメディアは、ともするとバカにされがちだが、僕は個人として大変な敬意を持って彼らを見ている。
些末な問題は多々あれども、民主主義を守るために彼らがこれまで果たしてきた役割は大きい。
だからこそ、この新時代においても彼らの駆逐を望むものではなく、ともにWebから新しい収益源を得て共存共栄する道を探るべきだと強く思っている。
そのためには、彼ら自身にも「Webの概念」に正面から向き合い、自らのコンテンツ価値を最大化する方策をともに考えてみてほしい。

偉そうに書いてしまい恐縮だが、そんな風に考えた日曜の午後。

 
2012-02-11

23歳、起業5年目。僕はこれからどう生きるか。

昨日、仲間と話していて「どんな人生を生きたいか」考えた。
その結果、率直に言って厨二病っぽくて言語化を避けていた自分の生き方を、はっきり言葉にすることにした。

僕は、 「自由」と「平等」のために燃え尽きたい。

こんなにちっぽけで軽い自分一人の命、全部懸けたって世界が変わるかどうか分からない。
しかし、それに挑戦することが大事だ。
そのためには、もっと自分を追い込まないと。言語化することから逃げてはダメだ。
そう思った。

今のインターネット、Webのなんと不自由なことか。

建前上、"自由"で"オープン"で、誰でもいつでも好きな情報にアクセスすることができる。
そのはずのWebが、ごく一部の"リテラシー"の高い人々のオモチャに成り下がっているのはなぜか。

これだけGoogleが進化し、Facebooktwitterでコミュニケーションが活発化したのに、
なぜ日本のネット人口の7割はそのいずれもを使いこなせないのか?
なぜ日がなYahoo!ニュースだけを見て、天気予報をググるのがやっとなのか?
これはもはや使い手の問題ではない。「道具」としてのWebに、問題があるのだ。

例えば刺身が包丁で上手く切れないとき、それは刃こぼれしている包丁が問題なのだから包丁を研ごうということになる。
包丁であれ何であれ、道具の問題は道具を改良、改善することで解決するものだ。
しかし、今の「ハイリテラシーな人のためのWeb」を見渡してみれば、
ググる力」や「ソーシャル上での発信力」なんぞが強く求められ、 それが十分にできない者は「ググレカス」と罵られる。

とんでもない話だ。
こんなWebのどこが"自由"で"オープン"なのか。
我々、「道具」つまりサービスを作る側は、
ろくでもない、多くの人にとってまともに使えない道具を作っておいて、「それは使いこなせないヤツが悪いんだ」と威張り腐っていることになる。
実に恥ずかしい。

僕が仲間と作っている情報エンジン「vingow(ビンゴー)」も、
まだまだ刃こぼれしやすい、切れ味の悪い包丁だと思う。
しかし、近々行うメジャーアップデートに関する作業をしながら、常に考えていた。
「vingowは、幼子から爺さん婆さんまでがまともに使いこなせる、安全で最高の切れ味の包丁にするんだ」と。

とにかく、"リテラシー"とやらによって、情報収集の結果に差が出るようなWebであってはいけない。
それではWebの「自由」で「オープン」な、本来あるべき姿に近づけられない。
vingowはそんな問題意識を持って、 ググる」とか「ソーシャルでコミュニケーションする」とか、そんな能動的動作は必要なく、全く受動的に、最高の情報収集と蓄積ができるエンジンとして開発している。

 

  • そもそも、なぜvingowは始まったのか。

僕が「JX通信社」を設立したのは2008年1月。今から4年少し前になる。
社名の由来は「日本(Japan)からクロスメディア(Cross(X)Media)で世界に発信していく、新しいタイプの通信社」。
その名のとおり、最初期から2010年まで、常に立ち上げの機会を伺っていた事業があった。
それが、「仮想通信社」事業だ。

当時も今も、Webでは「ニュースはタダ」が当たり前。
Web上でニュースメディアが稼ぐ方法は「課金」か「広告」しかなく、
課金は当時も今も鳴かず飛ばず、広告も単価が下がり、商売にならない。
新聞社のWeb関連の売上はどこも1%未満。
これからは紙が廃りWebへシフトだというのにこの状況。 

ただでさえ、マスメディアの報道は画一的な金太郎飴だと言われているのに、
更に商売として全く成り立たなくなったらいったい日本や世界の「民主主義」や「言論の自由」、「知る権利」はどう担保されるのか。 
最初にこの問題意識を持ったのが、高校2年生の時だった。 

毎日毎日頭が捩れるほど考えて、たどり着いた仮説が、
全く新しい「第3の収益源」を作るべしということだった。
その第3の収益源とは、メディア同士のコンテンツ売買だ。

今例えば、ある殺人事件を取材するとして、各メディアはそれぞれが同じ事件を同じように追って同じような記事を1本書く。
それに仮に10万円のコストがかかっているとしよう。
この記事を、どこか1社が取材して他の4社に配信したらどうなるか。
10万円のコストを5社で頭割りするから、2万円で同じ発信がちゃんとできる。

残りの8万円は、より自社の得意な取材に振り向けてジャーナリズムを深く追求しても良いし、
値引き原資にして読者に還元しても良い。
あるいは、赤字を埋めても良いだろう。

いずれにしても、既存ニュースメディアの90%以上を占める汎用的なニュースコンテンツをメディア同士で売買できる仕組みが作れれば、どんなに良いことだろう。そう考えた。

今は昔と違い、4マス(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)だけがメディアではない。
Yahoo!ニュースのように取材はせず発信に徹するメディアもあるし、
フリーペーパーやデジタルサイネージといった全く新しいタイプのメディアも多数出てきている。
つまり、「発信」側のメディアが多く増えたのだから、「取材」側もそれに合わせて変わらねばならない。

僕はよく、ニュースコンテンツを魚に例える。
我々が日々、新鮮で美味しい魚を沢山食べることが出来るのは、
漁師(=取材者)がいて、寿司屋(=発信メディア)がいて、その中間に仲卸を担う「築地市場」があるからだ。
では、ニュースコンテンツの世界にもその「築地市場」を作れば良いじゃないか。
まさに、従来の垂直統合型産業から、水平分業型へと産業構造を転換できる、画期的な仕組みだ。
こう考えた。

しかし今の通信社はそれを担えるのか?
彼らは自前で大勢の記者と支局を抱え、
インターネットとは別の専用のネットワークを持ち、
更にPCとは別の専用端末まで用意し、
最終的にはほぼ4マスのメディアのみを顧客に選んでいる。

何のことはない、彼らのやっていることはインターネットという新しいインフラ上でもっとオープンにできることなのに、全くやっていないのだ。
しかも、本来客になれば恩恵を受けるであろう多くの新しい発信サイドのメディアを商売の対象にすらしていない。 

僕らの考える「仮想通信社」は、 これらの問題を全て解決するものだ。

尊敬するマイケル・ブルームバーグが設立したBloombergは、
1982年の設立からわずか10数年で世界最大の金融情報会社になった。
その最大の理由は、彼らが債券価格配信システムを、飛脚的な人力に頼るやり方からワイヤーに置き換えたことだ。
このイノベーションは、飛脚を伝書鳩に、伝書鳩を電信に置き換えたそれにも匹敵する。
そして、今の日本や世界のニュースメディアのあり方にも、そのイノベーションが必然的に起こるべき環境が残されている。
だったら、それは僕らがやろう。

こう決心して作ったのが「JX通信社」だった。
しかし、仮説はともかく我々は世間から見ればケツの青い素人集団に過ぎない。
何せ当時僕の身分は19歳の大学1年生。他にニュースメディアへの勤務経験がある者すらいない。

仕方ないから、それに近い「伝えることに関わる」事業で食いつなごうとあれこれもがく。
2009年に「Start2009」というサイバーエージェント主催のビジネスコンテスト(今のStartupsのはしりのイベント)で奇跡的に「支援企業」として拾っていただくまで、完全に暗中模索の日々が続いた。

当時から今現在までとことんお世話になっているサイバーエージェントベンチャーズの海老原さんには、
「事業プラン(仮想通信社)はともかく、人としてとても期待しているので、まずは何かWebに関わる違うことをやってはどうか」と言われた。
これは全く正しくて、当時から今に至るまでこの仮想通信社という事業は立ち上げるのが容易ではない。
設立コストも億は下らないし、収益化にも相当時間がかかる。
それ以前にまずは参画するメディアを多数集めなければならないが、
率直に言って、もっとニュースメディアを取り巻く収益環境が悪化しないことにはニーズが顕在化しにくい。
こんな状態で我々にVCからお金が付いたって、所詮素人集団が馬鹿なことを始めたと思われ上手くいかないに決まっている。
ここまで即座に自分の頭で理解し、納得した。 

そこでまた頭が捩れるほど考え、もがく日々を送っていた頃、ヒントがやってくる。
学生で教育研究団体をやっていた岩本さんという人が「教育、学術の議論のプラットフォームになるようなSNSは作れないか」と相談してきたのだ。

目的や問題意識が全くもって素晴らしくていたく共感したのだが、ただひとつ気になったことがあった。
正直なところ、当時から僕は「ソーシャルなんちゃら」と名前のつくWebサービスに嫌気が差していて、
ソーシャルだとかSNSだとかいうのはちょっと微妙な発想だなと思ったのだ。
ソーシャルという概念はいかにも時流に乗っているが、しかし自分一人で情報を集め議論に参加するのに
何か"ソーシャル"要素がどうしても必要な局面があるのか、という点が疑問だった。
"ソーシャル"は結局、サービスにとって手段ではあっても目的ではないのだ。
そこで岩本さんと議論した結果、別にそれはソーシャルである必要は全くないし、
むしろソーシャルという概念自体が邪魔だという話に落ち着いた。

しかし、そこから更に社内の仲間うちで議論するうちに、
SNSからも教育からも学術からも離れ、もっとマクロに引いた視点の「受動的なメディア・プラットフォーム」を作るべきという方向に話が変わってきた。
教育も学術的な議論も、そもそもスタートラインとして皆が同じレベルで情報収集ができて、
しかもそれを体系的に整理し考えることに脳みそをまともに使えてこそカタチになるものではないか。
しかし、今のWebは全くそんな風にはなっていないどころか、
ユーザーの"リテラシー"とやらに著しく依存し、
それがないヤツはバカで生きる資格がないかのような「蛸壺的世界」になっているではないか。
まずはその、根本的な「道具の悪さ」をどうにかすることから始めなければ、
僕らは「ハイリテラシーの人のためのWeb」という巨大なバカの壁を突き崩せない ―

そんな考えをストレートに岩本さんにぶつけ、議論し時には迷惑をかけながらもコンセプトから形にしていったのが今の「全く新しい情報エンジン(ブレインメディア)」としてのvingowである。 

つまり、先ほど述べた「仮想通信社事業」と並べて考えれば、
川下で、消費者の情報収集・蓄積をもっとスマートにしようというアプローチがvingowであり、
川上のメディアサイドで情報の発信のクオリティを上げることをシステム的に担保しようというのが「仮想通信社事業」なのだ。
この、メディアと消費者の間を流れる大河を「治水」することができれば、
JX通信社という企業体は世界の「民主主義」や「言論の自由」、「知る権利」を
インターネットの時代において守る立場の集団として大きな役割を果たせる。
だから、まずは消費者サイドから、今もてる言語解析などの技術を活かしてvingowに取り組み、
その後川下から川上に攻め上るように「仮想通信社事業」にも取り組もう。
これが僕らが2011年、最初の着想を得た高校2年生から数えれば足掛け5年で漸くたどり着いた「マシな仮説」だった。

 

  • もともとは航空会社をやりたかった。今もやりたい。

最初に起業を思い立ったのは、多分2002年。中学1年生の終わりから2年生のはじめにかけてだ。
昔から僕は飛行機が好きで、亡き母が買ってくれた飛行機の模型を眺めながら楽しい、子どもらしい妄想をしていた。

そんな飛行機少年が中学校に入学したとき「転機」が巡ってくる。
ある同級生の一人が、途方もなく飛行機に詳しかったのだ。
彼と同じクラスになり、席も近くになり色々と喋るうちに、僕は航空の世界にどんどん引きこまれていった。 

その頃から「月刊エアライン」を読み始め、航空オタクと言われるレベルまで一気に詳しくなっていった。
そこで疑問が生じる。

日本の航空運賃って、なんでこんなに高いの?

日本って、どうしてこんなに空港が多いの?

日本だけどうして、こんなに変な規制が多いの?

日本の航空に関わる公租公課って、信じられないくらい高いよね。

本当に、全てがメチャクチャに思えた。
海外ではサウスウエストやライアンエア、エアアジアなど当たり前にあるLCCが日本にはない。
しかも、そのことについて当時の某大手航空の社長が新聞インタビューで「日本にLCCは成立しない」とかドヤ顔で語っている。
アメリカも、ヨーロッパも、果ては東南アジアまでもが自由化、規制緩和で大きく変わっているのに、
日本だけどうして取り残されているのか?

思春期で気が立っていたのかもしれないが、それまで感じたことのない怒りがこみ上げてきた。 
世界では自由化で、航空会社を選ぶ自由・機会を手にした消費者が、運賃やサービスなど思い思いの基準で航空会社を選び、最大限の消費者利益が実現している。
それに比べて日本はどうか。いつまでも訳の分からない規制を維持し、高い公租公課でムダな空港を大量に造り、その負担は結局航空会社を通じて消費者に付け回されているではないか。

許せない。どうにかしたい。どうにか、何か変えないと日本の航空は文字通り「終わる」。
しかし、自分が例えば大学を出て大手航空に入社して、数十年かけて内部昇進して偉くなったところで、
それは変えられるだろうか?
それ以前に、その頃まで今の大手航空が企業として存続しているかどうかすら分からない。

だったら、航空会社を自分で作ればいいんじゃないかな?
なんだかんだ言って、それが一番早いだろう。 

こう思ったのが、起業を決意したきっかけだった。
冒頭に書いた「自由」だとか「平等」を追求するんだという厨二病的思い込みは、
つまるところこの中2の頃から続いている。
いわば、これが本当の厨二病だ。

「平等」というのは結果平等ではない。機会平等だ。
航空で言えば、望む事業主体が望むタイミングで望む形でもって新規参入できる機会を平等に与えられること
航空自由化の「基本のキ」だ。 
事業者や消費者に機会平等が与えられ、結果として我々人類全てに新しい何かに接する機会と、それを選び取る自由が与えられる。
これを、航空をはじめあらゆる分野で、人生をかけて追求するのが自分の生きがいだ。そう思った。
航空は今すぐにはできない。なにせ100億円はかかる。しかしその前に、同様の問題意識ややり甲斐を感じられる分野で、理想を追求したい。 そのうえで、遠くないうちに必ず、航空業界にも手をつけたい。

経済を動かすのは、「ヒト」「モノ」「カネ」だ。
しかし、そのヒト、モノ、カネ全てを動かすのは「情報」だ。
JX通信社という今の企業体を通して、まずは「情報」をよりスマートに、皆がリテラシーに関わらずアクセスできる理想的な状態に持っていく。 
その後に、世界規模で「ヒト」を動かす、航空へ。「モノ」「カネ」を動かすのはやはり「ヒト」だから、そのヒトに全てをフォーカスした新しい航空会社を自らの手でやりたい。
それを大体、向こう20年くらいの期間でやるのが目標だ。 

最終的に起業することへの迷いを捨てたのは、高校2年生の時に母を亡くした時だ。
母は41歳で死んだ。死はありふれたもので、人間いつ死ぬか分からない。
だとすれば、早さ、若さを理由に躊躇っている時間など全く無く、
いつ死んでもよいのだという思いでやるしかない。
よい意味で「踏ん切り」がついた。母は最期に、そのことを命を捨てて教えてくれた。 

23歳、起業5年目。僕はこれからどう生きるか。
それが自己満足でも良いから、「自由」と「平等」のために燃え尽きるんだ。
昨晩、仲間の1人と夢を語り合っていて、思い返したことだった。
自分にとって、今言語化すべき大事なことだと思ったから、恥を忍んでブログに書いた。 

大見得切って、この先どうなることやら。みっともない結果になって、人に笑われないか。
そう思ったが自分のために書くべきと思ったから書くしかない。
結果、こうして夜中に延々キーボードを叩いた。 

続きは、また気が向いたら。

2011-12-11

吾唯知足:多分起業家にとってとても大切なこと

※このブログになぜ「吾唯知足」という名前が付いているのかを記しています。
※この記事は、2月に旧ブログ(はてなダイアリー)にUPしたものの再掲です。

今日からブログを仕切り直してみる

元々アメブロを使っているが、これが恐ろしく続かない(続けて書こうという気が全く起こらない)。理由はよくわからないけれども、いわゆるROM状態になっている。でもこの激動の時代(なんて使い古された言葉を嫌味っぽく使うのが好き)、何か考えを書き残しておきたいなと思ったり思わなかったり。
そんな折にtwitterで「はてなだとブログが続く」みたいな記事を見かけて、はてなダイアリーを初めてみる気になった。
それが今日こうしてはてな童貞を捨てたきっかけ。
・・・ここだけの話、はてなというサービスはあまり好きではなかった。理由はない。

最近の悩み事

今、悩んでいる。会社をどうやって大きくしていこうか、と。
こうやったら大きくしていける、ということは何となく分かっているけれども、それは自分ひとりでは出来ないこと。
だから、○○君や○○さんの力を借りたいな、と思ったり○○さんとこれからもずっと一緒にやっていけるといいな、と思っていたりする。

しかし相手は人間だから、自分の意のままに人生を送ってくれるとは限らない。それどころかその可能性はどうあっても恐ろしく低い。
それに人にはその人の人生好きなように生きてほしいし、僕は最初から変なことは期待していない。
何より、自分が逆の立場だったら他人にコントロールされるような人生は嫌だ。

いや、でもね、と。
あまりこういう所に書きたいことではないけれども、僕らはとても大きなことを目指している。
具体的にどうこう説明しないけれども、とにかくある特定の世界を根本から変えてしまうようなことを考えていて、しかも構想にとどまらず形にしようと具体的に動いている。
だから、一緒に同じ方向に向かって行きませんか、きっと楽しいですよ、と割と自信満々に言えるつもりだ。
根拠は薄弱だけど、自信はあるってやつ。誰かも言っていた、そんな感じ。

それをどうやって周囲のいろんな人に伝えていくかが、つまるところ目下唯一にして最大の悩み。
「会社をどうやって大きくしていくかが悩み」と冒頭書いたが、それはとてもざっくりした言い方で丁寧に細かく落としこむとこうなる。
そんなものストレートに伝えればいいじゃないか、と思う向きもありそうだが、いや伝え方とか言葉とか大事じゃない?と僕は考えている。
だから悩んでいる。

自分が他人の言葉に敏感だからかな、考えすぎかなとも思うけれども、でも考えなければならない気がするから考える。仕方ない。

「吾唯知足(われただたるをしる)」で自分を落ち着かせる

悩み事があるということは、物事をうまくいかせる努力をしている一方で、思い通りにいかない悪い事態も想定しているということ。
やっぱり19で起業して彼是3年間会社やっていると、当然バカなことをしたり痛い目にあったりしているわけで。
人間には学習能力があるから、最悪の事態をいつも想定しておけばいざという時も落ち着いて打開できると分かる。

でもやっぱり「最悪の事態」にはならないようにしたいよね、というのが当然な心理。
そこで精一杯頑張るわけだけれども(これがまた悪い癖で)どんなに一生懸命やっていても最悪の事態がいつも頭をよぎることになる。
そうすると夜終電で帰宅して床につくまでの間に悶々とした思考が始まって、うまく寝付けないまま朝を迎えたりする。

これはとても悪いループだから、早い段階でスパッと断ち切って前向きに軌道を戻さなければならない。
そこで僕はまた学習能力を発揮して「吾唯知足(われただたるをしる)」という言葉を反芻することになる。


これを読まれている方は「吾唯知足」という言葉をどこかで見聞きしたことがあると思うけれども、これは元々禅の言葉。
石庭で有名な京都の龍安寺の茶室のつくばいに書かれていて、僕が一番好きな言葉だ。

龍安寺のつくばい。写真お借りしてきました

石庭では、どこに立っても一度に全ての石を見通すことは出来ないとされる。
(実はできるらしいけどそこは空気読んで深くツッコまない)
このことを通して、石庭を作った人は「全部の石が見えなくてもいいじゃん、世の中そんなもんだから満足しようぜ」と言いたかったんだと(多分)思う

龍安寺石庭。この写真もお借りしてきました

要は、満足することを知るべしという話で、必要以上に貪欲になると人は不幸になるよ、というメッセージのある言葉だと。
僕はそう解釈している。


え、起業家がそんなこと言っていいの、君らどこまでも貪欲にやらないと伸びないんじゃないの、と思われそうだけれども、それは逆かもしれない。
なぜなら僕も含め起業家は概して生まれつき貪欲に過ぎるほど貪欲で、上を見すぎて足元が見えなくなる典型みたいな人間が多いから。
自分も足元見えてなかったなと思うことが本当に多いし、したり顔で「足るを知る」とか語ってる今この瞬間だって足元がちゃんと見えてないかもしれない。
言わずもがな、足元がちゃんと見えるということは起業家に限らず人間が生きていくうえでとても大切なこと(だと僕は思い込んでいるの)で、僕はこの言葉をとても大切にしている。

で、悩みとかネガティブ思考の無限ループに落ちそうになった時にこの言葉を思い出す。
「今の僕は『足るを知』っているかな?」と自問自答する。
すると、単純な僕の場合はだいたい胸がすっとして苦しくなくなる。気持ちが楽になる。

今まで少ないながら素晴らしい仲間に恵まれて、社外でも多くのご縁に恵まれて本当に良くしていただいている。
これだけでも十分満足すべきことじゃないか、と。
まずはそうしたことに満足したうえで、より多くを望むにはどうしたら良いか落ち着いて考えよう、と。そんな気になる。

ただ大事なのは「そんな気になる」だけで、別に吾唯知足とかぶつぶつ唱えたから問題が雲散霧消するわけじゃない、ということ。
でも「足るを知る」ことで精神的な余裕を取り戻せば、目の前の課題に対して日々どう取り組んでいくべきかを落ち着いて考えることができるようになる。
本来すべきことってそれだよね、と思う。
悩むんじゃなくて、考えることが大事なんだよね、と。

こうやって訳の分からない時間にこんなこと延々書いているのも、今まさに自分に「吾唯知足」と言い聞かせているから。
悩むんじゃなくて、考える。その本来あるべき軌道に自分を引き戻すための先人の素晴らしい言葉。
それが「吾唯知足」。かっこ良くないけど、結構使える座右の銘だと思ったり。

ちなみに、この言葉を教えてくれたのは恩師だった

僕が「吾唯知足」という言葉を知ったのは、恩師たる母校(横浜の聖光学院というところ)の校長先生が教えてくれたから。
卒業するときに先生や同級生に寄せ書きしてもらう、例の卒業アルバム。
同級生はやっぱり高校生だから僕のアルバムにバカなことばかり書き残していったけど(僕も人のアルバムにろくなこと書かなかったから文句言えない)、校長先生は毛筆でかっこ良く決めちゃった。
「吾唯知足」って。龍安寺のつくばいと同じように「口」をセンターに置いて実に美しく。

全く関係ないけれども、美しい字って人の心を打つと思う。
僕は字が汚いからダメ。おまけに文章は新聞の読み過ぎで理屈っぽいと(小学生の時から)言われている。
その点PCはMSゴシックであれヒラギノ角ゴW3であれ、僕の字よりはるかに美しいから多少はマイナスポイント減るかも、なんて思ったり。

今日はそんなところです。